「風と共に去りぬ」を、久坂部羊が医療小説にすると『カネと共に去りぬ』
久坂部羊の医療小説を読み漁っていくと、
現代医療への淡い期待を打ち砕かれそうになりますけど、
なぜか、
納得させられる部分も多いんですよね。
「ドクターはスーパーマンではなく、我々と一緒、ただの人だ」
「白衣の天使・・・、白衣だけど天使ではない」
「・・・病院・・とは・・・」
素晴らしいお医者さんは数多くいるし、
白衣の天使そのままの看護師さんも数多くいるし、
手放しで信用できる病院も数多くあるだろう、けど、
全てではない。
そんな生々しい納得感をいつも、
久坂部羊の医療小説から受け取っています。
今作『カネと共に去りぬ』は、過去の7つの名作を医療小説へ変身させた短編集。
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『カネと共に去りぬ』久坂部羊
『カネと共に去りぬ』久坂部羊
No. | タイトル(元ネタ) |
1 | 医呆人 (元ネタ:「異邦人」) |
2 | 地下室のカルテ (元ネタ:「地下室の手記」) |
3 | 予告された安楽死の記録 (元ネタ:予告された殺人の記録」) |
4 | アルジャーノンにギロチンを (元ネタ:「アルジャーノンに花束を」) |
5 | 我輩はイヌである (元ネタ:「吾輩は猫である」) |
6 | 変心 (元ネタ:「変身」) |
7 | カネと共に去りぬ (元ネタ:「風と共に去りぬ」) |
医師として患者と向き合い、海外にも勤務(医務官として)。
帰国後は在宅医療に従事、2003年に作家デビューした著者:久坂部羊の短編集。
聞いたことのある名作が7つ、この『カネと共に去りぬ』で医療小説に変身しています。
だからと言って、元ネタとなっている名作を読んでおくべきか?
と問われると、そうでもないんですよね。読んでおく必要はありません。
私がまともに読んだことのある元ネタは「アルジャーノンに花束を」ぐらいで、
残りの名作は読んでいないか、もしくは、読んだけど覚えていない、
そのレベルですから。
そんな私でも十分に楽しめましたし、同時に恐怖感も味わいました。
一応、元ネタとなっている名作を軽く紹介しておきます。
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7つの短編は全て名作から
1、医呆人
☆著者:アルベール・カミュ
☆「異邦人」1942年刊
元ネタの簡単なあらすじ
・主人公ムルソーは、母の死に何も感じず、葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど、いつもと変わらない生活を送っていた。
そんなある日、友人のトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺。
逮捕され裁判にかけられたムルソーは、
殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べる。
ムルソー最後の希望は、死刑の際に人々から罵声を浴びせられる事。
この「異邦人」を元ネタにしたのが「医呆人」。
良く言えば、正直過ぎる医師のお話
2、地下室のカルテ
☆著者:フョードル・ドフトエフスキー
☆「地下室の手記」1864年刊
☆「地下の世界」と「べた雪の連想から」の2部構成になっている小説
元ネタの簡単なあらすじ
・主人公は40歳の男性。以前は意地悪な役人として働いていたが、遠い親戚が多額の遺産を残してくれたため、役所勤めを辞めて、町外れにある家に引きこもり20年、地下室で暮らしている。
自意識過剰で、絶妙に社会との距離を置いて、自分自身の中に引きこもってしまったような男性。時間が余り過ぎて、考え過ぎて、結局・・・。
この「地下室の手記」を元ネタにしたのが「地下室のカルテ」。
40歳、うつ病になり5ヶ月休職したのち復職した医師のお話
3、予告された安楽死の記録
☆著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス
☆「予告された殺人の記録」1981年刊
元ネタの簡単なあらすじ
・ナサールが殺されることは町中の全員が知っていたのに、彼は滅多切りにされて殺された。
そして、自分自身も殺されることを十分に分かっていながら、なぜ、犯行を防げなかったのか・・。
所詮、人間が興味を示すのは自分自身のみ。
他人のことは、また他人がなんとかするだろうという思い込み。他力本願。無関心。
この「予告された殺人の記録」を元ネタにしたのが「予告された安楽死の記録」
慢性骨髄性白血病に犯された28歳の女性が安楽死したお話
4、アルジャーノンにギロチンを
☆著者:ダニエル・キイス
☆「アルジャーノンに花束を」1959年刊
元ネタの簡単なあらすじ
・知的障害を持つ青年チャーリーは、知的障害者専門の学習クラスに通っていた。
ある日、クラスの担任である大学教授アリスから、開発されたばかりの脳手術を受けることを勧められる。
先に動物実験で手術を行ったハツカネズミの「アルジャーノン」は、見事成功していた。
チャーリーは手術を了承し、IQ68から徐々に上昇してIQ185という知能を持つ天才となって見事成功。
しかし、これまで見えてこなかった事が鮮明に理解できるようになり、悲しくなるような現実を数多く知ってしまう。
天才的な知能に急成長をしてしまったチャーリー、彼の心はまだ幼いまま。
そして、先に手術していた「アルジャーノン」に異変、元の知能よりもさらに下降してしまう欠陥を突き止めてしまう。
チャーリーの辿る運命は、「アルジャーノン」が辿った運命と同じになる・・・。
この「アルジャーノンに花束を」を元ネタにしたのが「アルジャーノンにギロチンを」
大学名誉教授が認知症になり、その後、体は動かせないが回復したお話
5、吾輩はイヌである
☆著者:夏目漱石
☆「吾輩は猫である」1905年刊
元ネタの簡単なあらすじ
・珍野家で飼われている雄猫が語り手。彼に名前は無い。
人間の生態を鋭く観察し、猫ながら古今東西の文芸に通じていて、哲学的な思索にふけったりする。人間の内心を読み解く術にも長けている。
猫の視点から様々な人間模様を写し出していく。
この「吾輩は猫である」を元ネタにしたのが「吾輩はイヌである」
医学の発展のために実験動物として生まれたイヌのお話
6、変心
☆著者:フランツ・カフカ
☆「変身」1912年刊
元ネタの簡単なあらすじ
・布地の販売員をしている青年グレーゴル・ザムザは、ある朝、自室のベッドで目覚めると、
自分が巨大な害虫になってしまったことに気づく。
突然の出来事に戸惑いながら、どこか心の片隅で諦めているグレーゴル。
そうこうしているうちに、起きてこないグレーゴルを心配し、家族や店の支配人がドア越しに声をかけてきた。
全く言葉が通じていないことが分かり、グレーゴルはその体を家族や支配人の前にさらけ出す。
巨大な害虫となったグレーゴルを見た人たちは、人としてのグレーゴルを一瞬で忘れ、
虫に接するような態度をとっていく。
言葉は通じないけど、感情はそのままグレーゴルの中に残っているのに・・・。
この「変身」を元ネタにしたのが「変心」
人工呼吸器を外せない弟を自宅で看病していた新米女性医師、彼女の心が巨大な毒虫に変わってしまったお話
7、カネと共に去りぬ
☆著者:マーガレット・ミッチェル
☆「風と共に去りぬ」1936年刊
題名は南北戦争という「風」と共に、当時絶頂にあったアメリカ南部白人たちの貴族文化が「消え去った」事を意味している。
元ネタの簡単なあらすじ
・奴隷制が残る1860年のアメリカ南部ジョージア州、南北戦争が続いていた頃。
アイルランド系移民で一代で成功した農園主の娘スカーレット・オハラは、自分と同じ上流階級の青年アシュレー・ウィルクスに恋をしていた。
しかし、アシュレーが別の女性と婚約している事を知り、癇癪を起こす。
ここから彼女の人生の波乱が幕をあける。
南北戦争の悲劇、財産を全て失いながらも、自身の気の強さ、困難には決して屈しないプライドと意思の強さ、数字に強く、生まれ持った美貌を武器に、
激動の時代を生き抜いていく。
この「風と共に去りぬ」を元ネタにしたのが「カネと共に去りぬ」
富裕層向けの介護付き有料老人ホームで繰り広げられる恋と人間模様、カネと命のお話
この7つの短編、7つの名作を元ネタにした医療小説、
久坂部羊の『カネと共に去りぬ』
ちょっと背筋が寒くなるようなお話ばかりですけど、不思議と納得せざる負えなくなる部分も。
知りたくなかった医療の側面を知ってしまうと・・・。
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『カネと共に去りぬ』を読んだ方達の感想を紹介します
皮肉の効いた医療系短編集。
「風と共に去りぬ」など、有名作品のオマージュ的な小説です。
著者がこれまでに発表してきた短編集とは少々異なっていて、元ネタの作品を意識した書き方になっているので、雰囲気が違います。
原作を読んでいたら、その比較が出来るので、さらに楽しめるかも。
誰も避けて通れない未来、老い、病気、死。
それでもあまり恐れずに、毎日精一杯生きないといけない、この作品を読んでそう思いましたね。
パロディとはいえ、あまりにもブラックなお話で笑えません。
久坂部羊さんの医療に対する考えは、「悪医」と同じスタンスですが、それにしても毒が強すぎるお話で、本当に悪医者ばかりでした。
久坂部羊さんの本を読むと不安になるので、手に取るのをいつもためらうのですが、これはパロディだから大丈夫だろうと思っていたのに・・・。
「あぁ、歳はとりたくない」
「病気になりたくない」
「医者は信用できない」
って、いつも同じ不安を煽るだけ煽っといて、
「ハイ、終わり」
な話ばかりです。
・・・楽しめますよ、他人事として読めればね。
おじさんの感想
いつもながら、久坂部羊の医療小説には楽しさと怖さ、そして、
不思議な納得感を感じさせてもらっているんですけど、
今作『カネと共に去りぬ』でもまた、色々と考えさせられましたね。
7つの短編、この7つには元ネタがあります。
カミュ「異邦人」、ドフトエフスキー「地下室の手記」、
G・マルケス「予告された殺人の記録」、ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」、
夏目漱石「吾輩は猫である」、カフカ「変身」、
そして、マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」。
私が内容を知っていたのは、
「異邦人」、「アルジャーノンに花束を」、「吾輩は猫である」、
「風と共に去りぬ」ぐらいで、あとはタイトルを知っている程度でした。
その状況でも十分に楽しめますし、十分に背筋がゾクッとする様な感覚を味わうことが可能です。
もしかするとですね、楽しめるというのは不謹慎になってしまう面がありそうですので、
1つだけ心に言い聞かせておいて欲しいんですけど、
「これは、医療の世界に存在するほんの1部分で、全てではない」
これを心のどこかに残しておけば、物語として楽しめるのではないか、
そうおじさんは思っています。
医療現場の側面、医師の内なる声、動物実験、安楽死、
生きていくには必要な「カネ」という存在、
様々な事をマイナスな感情として考えさせられてしまう可能性はありますが、
少しだけ知っておいても良いマイナス面ではないでしょうか。
小説なんだ、物語なんだと思いながら。
久坂部羊の医療小説『カネと共に去りぬ』、
7つの名作を変身させた短編集を1度、手にとってみてください。
最後に
久坂部羊の医療小説『カネと共に去りぬ』を紹介させて頂きました。
今作は元ネタが存在する7つの短編という事で、
これまでの作品よりはフィクション感が強いと思います。
作り上げられた物語、ですかね。
ただ、そこに、
現役で医療に携わっている久坂部羊がいますから、
不思議な納得感と、生々しい現実の様なストーリーが展開されていきますので、
読み応え十分な短編が出来上がってしまい、
やっぱり恐怖感が・・・。
この作品を読んで不快になる方もいるとは思いますけど、
私は小説として読んでいるので、久坂部羊にはいつも楽しませてもらっています。
一応、私も医療関係者なんですけどね。医者じゃないけど。
リアルに感じているのに、楽しんでしまっている現状、
私の人間性が微妙なのかも・・・しれません。
ではまた。
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